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2008年9月30日 (火)

『赤朽葉家の伝説』に見る戦後60年史

Akakuchiba 『赤朽葉家の伝説』
桜庭 一樹 (著)
価格:¥1,785(税込)

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ガルシア・マルケスの「百年の孤独」を意識して書かれた本書は、島根県紅緑村の製鉄所を経営する赤朽葉家の三代に渡る女の生きざまを描いた純文学です…と書きたいところですが、そうは言い切れない何というかジャンル不明の作品でした。

第一世代 祖母:赤朽葉家万葉
第二世代 母:赤朽葉毛毬
第三世代 娘:赤朽葉瞳子(とうこ)

第一世代から第二世代までは、千里眼の万葉、暴走族で中国地方を制覇した漫画家の毛毬の、女性の魅力が物語に引っ張っていき、「う~ん、これは中々読ませるじゃないか」と引き込まれていくのですが、瞳子の代になると、いきなりミステリーになってしまう。ミステリーとしての出来も今一つですね。そうそう、やっぱりライトノベル系なんだと思います。

ただ、第一世代から第二世代に至るストーリーはかなり緻密です。読み応えがあります。
戦後復興から高度成長に至る時期の日本は、「強いこと」「上に上り詰めること」「金を稼ぐこと」に価値を見出し、そのために努力すること、精を出すことが偉いとされた時代でした。頑張る日本がそこにはあった。その象徴が赤朽葉家であり、それは強さを意味し、そこに一貫した倫理感もあったわけです。
それに対して、反抗する若者が疑問を投げかけたバブル期。秩序が崩壊し、モラルハザードが発生する。それは言わば成長がもたらした冗長性が生んだ反動とも言えます。それが毛毬の時代でもあり、実際に背伸びし過ぎた人は、身の丈にあったところに落ち着こうとします。そこには「心のふるさと」があり、それがまた赤朽葉家…

そして、瞳子は「辛い思いをするくらいなら金もいらない」という諦念に象徴されるニートの世代。そこには家の存在も希薄で、働く意味もなく、金にも地位にも執着はせず、将来に対する不安はあるけれど、今が大事。考えてみると、戦後から現代に至る日本人の意識の変化には必然性すら感じられます。

このように、本書は日本人が戦後復興から現代に至る60年の歴史の因果関係を、その背景にある風俗を整然と並べて、全くタイプの異なる3人の女性に語らせる作品です。
残念なのは、現代(第三世代)をミステリー化したために、描ききれなかったこと。ホントに惜しい!これを描き行っていれば、直木賞は確実だったと思います(筆者は、本書で直木賞候補となり、その翌年「私の男」で直木賞を受賞)。今後の力作に期待!

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